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福岡高等裁判所 昭和36年(ネ)713号 判決

第一審原告

(七一三号事件の控訴人で、七六二号事件の被控訴人、以下原告と書く)

右代表者法務大臣

賀屋興宣

右指定代理人

広木重喜

天野五平

坂梨良宏

木村穣

由布惟友

第一審被告

(七六二号事件の控訴人で、七一三号事件の被控訴人、以下被告と書く)

株式会社親和銀行

右代表者代表取締役

田中正治

右訴訟代理人弁護士

安田幹太

右同

安田弘

右復代理人弁護士

小柳正之

右当事者間の昭和三六年(ネ)第七一三号第七六二号定期預金等請求控訴事件について、つぎのとおり判決する。

主文

原判決中被告の敗訴部分を取消す。

原告の請求を棄却し、かつ控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。

事実

原告は「原判決をつぎのとおり変更する。被告は原告に対し金五四二、〇六三円及び金三八六、〇〇〇円について昭和三二年六月一日から昭和三三年七月一七日まで、金二六三、〇〇〇円について昭和三三年七月一九日から昭和三四年三月二四日まで、内金二四五、〇〇〇円について昭和三四年三月二五日から完済まで、内金一九八、〇〇〇円については昭和三二年六月一一日から完済まで日歩三銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原判決中被告の敗訴部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟の総費用は原告の負担とする。」との判決を求め、当事者双方は互いに相手方の控訴を棄却するとの判決を求めた。

事実及び証拠の関係は、

被告において、「一 原判決記載の原告の請求原因主張事実全部を認め、被告の抗弁のうち、原判決記載の三を維持し、同一、二及び四の抗弁は撤回する。

なおつぎの事実と抗弁を主張する。

二(一) 訴外牧野茂穂(以下牧野と書く)は、古くから長崎県北松浦郡鹿町町下歌ケ浦免において、石炭の採掘販売を業としていた者であるが、被告は牧野と銀行取引契約を結び、手形貸付け、手形割引等による継続的取引を継続してきた折柄、牧野は昭和三一年六月一五日訴外三共石炭有限会社(以下時に訴外会社と書く)を設立し、これに自己の営業の経営を移譲したが、同会社は牧野が実質上その持分全部を支配する個人会社であつて、経営の実体は従前と全く変らず牧野に存し、事業は専ら牧野個人の信用によつて経営せられたのであつた。このため、被告は事業が訴外会社に移譲せられた後も、銀行取引は牧野個人との取引の形式をもつて継続することとし、手形融資・手形割引き等は、訴外会社と牧野との共同振出しによつて牧野が手形貸付けを受け、又は訴外会社が牧野のために保証する意味で裏書人となつて牧野に譲渡し、これを牧野は被告に裏書譲渡して割引きを得るという方法で取引をしてきた。右のような関係から、別記第二表記載の訴外会社の被告に対し有する預金・積金は、全部牧野の被告に対し負担する取引上の債務の担保に提供され、被告において預金・積金証書通帳の交付を受けていた。

(二)(1) ところで、被告と牧野との銀行取引には、約定書につぎの取引条項の定めがある。

(イ)  被告において、保証人の増員又は担保・増担保を必要とするときは、原因のいかんを問わず、被告の請求次第、その手続をする(約定書第八条)

(ロ)  左の場合は、債務の全額につき、弁済期到来したものとし、牧野は請求次第弁済する。

本約定に違背し、若しくは被告に対する各債務の中、その一つでも履行を怠つたとき(約定書第九条)。

(2) 訴外会社が被告に差入れた第二表記載の預金・積金の担保提供についての約定書には、牧野が被告に差入れた約定書に付随し、つぎの約定がある。

牧野において「債務不履行その他違約の場合は勿論、被告において必要と認める時は、担保に差入れた預金・積金又は被担保債権の期限到来前であつても、すべて期限到来したものとみなし、なんらの通知を要せず、その元利金をもつて相殺されても異議がない。」

続いて訴外会社において、

「前記条項承認の上、借主牧野が債務不履行等の場合には、前記条項どおり処置されても異議がない」

(三) 本件差押え当時における、前示各取引約定に基く被告の貸出金は、別記第一表のごとく四口計金二〇〇万円で、これに対し被告が取入れていた訴外会社の担保提供にかかる預金・積金は第二表のとおりである。(原告主張の原判決事実二参照。ただし右二の表の四の二二一、一〇〇円は二二一、〇〇〇円の誤りであり、原判決二枚目表一二行の「百八十四万五千百円」及び二枚目裏九行の「一、八四五、一〇〇円」は「一、八四五、〇〇〇円」の誤りであり、又第二表の(四)ないし(七)は定期預金でなく、定期積金の誤りである)

(四) 第一表記載の(1)の金五〇万円の商手(約束手形)割引きによつて割引きされた約束手形は、昭和三三年六月三〇日不渡りとなつたので、被告は牧野に対しその買戻しを請求したが、同人はこれに応じなかつた。右事実は、同人と被告との取引約定書(乙第二号証)の第五条に「拙者(牧野を指す)が振出し・引受け・保証もしくは裏書し、貴行(被告を指す)において取得した手形にして、万一不渡りとなつたときは、手形金額相当額を牧野において弁償する。」旨の条項に当り、これによつて、昭和三三年七月一日には、おそくとも同月四日前には、第二表記載の預金、積金並びにこれによつて担保される債権のすべては、なんらの通知を要せず、当然に期限到来したものとみなされ、被告の反対債権(償還請求権、買戻請求権、手形債権、貸金債権)と第二表記載の受働債権とはすべて相殺適状となつたので、被告が有する第一表記載の債権と第二表記載の預金・積金との全部を相殺することとし、その頃牧野に通告するとともに、昭和三三年七月一五日その旨原告に対し相殺の意思表示をした。

(五) 銀行取引においては、「債務者又は保証人につき、仮差押・仮処分又は差押の申請、支払停止、破産もしくは和議の申立があつたときは、取引契約は直ちに解約となり、割引手形は直ちに買戻すべく、貸付金はすべて期限が到来したものとし、預金・積金の存するときは、その期限のいかんを問わず相殺をなしうるものとする」慣習が存在し、本件取引約定もこの慣習によつたものである(乙第三号証)から、右相殺の抗弁が理由なしとするも、原告のなした本件差押によつて、差押と同時に被告と牧野との取引契約は解約となり被告の有する債権はすべて弁済期到来し、被告の負担する債務は何時でも期限の利益を放棄しうるので、ここに、右債権と債務とは相殺適状となつたのであるから、この点からも被告の相殺の抗弁は正当である。

(六) 以上の相殺抗弁が理由なしとしても、被告は差押当日原判決の被告抗弁四の(一)及び(二)の二通の約束手形を拒絶証書作成義務免除の上裏書譲渡を受けて所持していたので、右(二)の手形をその満期に支払場所に呈示したが拒絶された。そこで被告は(二)の手形を(一)の手形とともに牧野及び訴外会社の双方に対し共同に、予備的に償還請求権を行使することあるべき旨を通告して返還した。

したがつて、前示の抗弁が理由ないにしても、被告は(一)の手形の償還請求権を自働債権として、本訴において第二表記載の債権と対当額について相殺をする。

(七) 昭和三三年七月一五日なした相殺の意思表示が効力を生じないとしても、被告は従来述べるとおり、殊に乙第二号証ないし第五号証、第八号証ないし第一一号証記載の条項に基づいて、第一表記載の債権を自働債権とし、第二表記載の受働債権に対し、本訴において対当額につき相殺の意思表示をする。

従つて、第二表記載の預金、積金債権は、右相殺により元利とも昭和三三年七月四日にさかのばり全部消滅し、被告はなお一二九、六九七円の債権を有する計算となる。そして原告が右預金、積金の各元本のみについて取立権を行使するので、右元本債権が全部消滅したのは当然で、原告の請求は棄却さるべきである。

(八) 本件担保差入契約は、担保提供者である訴外会社が被告に対して有する預金、積金債権を、牧野が被告に負担する債務の担保として提供し、「右担保預金、積金は期限が到来しても牧野の債務完済までは引出さず、牧野の債務不履行の場合は任意相殺されても異議なく承諾する」旨を約定した担保契約であつて、原告主張のような質権設定契約ではない。本件相殺が債権質権の実行であるという原告の主張は、理解に苦しむところである。要するに本件は右の担保契約に基く相殺であるから、相殺権の設定を受けた被告と訴外会社との担保契約の効力の問題で、同一債務者に対して競合する国税債権と質権によつて担保される一般債権との優先順位に関する旧国税徴収法第三条の規定の適用さるべき場合でない。」と述べ、<証拠関係省略>原告において「一、原告は被告に対し第二表記載の預金、積金の元本のみにつき、(2)(3)(1)(7)(6)(4)(5)の順位により、請求趣旨記載の金員に満つるまで、その支払いを求める。

二、原告主張の法人税加算税金一九、三〇〇円は法人税の過少申告加算税で、甲第四号証の金三七、六〇〇円は無申告加算税であり、源泉加算税は、すべて源泉徴収加算税である。

三、被告主張事実の二の(一) 中被告と牧野との間に銀行取引があつたこと、第二表の(7)を除きその他の積金預金が担保に供されていたことは認めるが、牧野が訴外会社を設立して、自己の経営を同会社に移譲したこと、同会社を牧野が支配していたことは知らない。右(7)が担保に供されたことは争う。

(二)及び(三)は認める。(ただし(三)のうち第一表備考欄の記載を除く)(四)のうち金五〇万円の約束手形が昭和三三年六月三〇日不渡りなつたこと、主張の約定と特約条項の存すること及び同年七月一五日平戸税務署長に対し相殺の意思表示がなされたということのみは認めるが、その余は知らない。(五)は争う。(七)のうち相殺により預金、積金が消滅したとの点は争う。

四、被告の抗弁に対し、つぎのとおり主張する。

(一) 本件担保差入契約は、質権の設定契約であから、(これが質権設定契約であるか、相殺契約であるかは、法律解釈の問題であるが、被告が訴外会社から預金証書の交付を受けている事実、担保差入証に確定日付を徴している事実等から判断して、質権設定契約と解する。)原告の国税債権に劣後することは、各担保差入証の日付、及び同差入証の確定日付の日時に照らし明らかである。当事者間に対立する債権が存在し、当事者間に相殺の予約がなされた場合、当事者のみの内部関係においては、右予約は担保的ないし保証的機能を果していると解し得るが、本件原告のような第三者に対する関係においては、別個の問題として一般債権に対する租税債権の優越性の原理から判定さるべく(旧国税徴収法第三条)、しかして、本件相殺は債権質の実行としてなされたものであるから、被告は相殺をもつて、租税債権者たる国に対抗し得ないのである。

(二) 被告が本件の取引約定、担保差入契約に基づいて相殺をなし得る可能性があるとしても、被告はつぎの理由により相殺をもつて、原告に対抗し得ない。

(1) 本件の対立債権は差押当時相殺適状になかつた。

本件預金、積金(第二表(1)を除く)は、いずれも差押後に弁済期が到来するものである。被告が弁済期までの利息を支払えば、被告は期限の利益を一方的に放棄し得ると解されないこともないが、被告が差押前かかる措置をとつたという事実はない。加えて第一表の(1)を除く(2)ないし(4)の債権の弁済期は、いずれも差押後に到来するものであるから、差押当時にはいまだ相殺適状になかつたのである。

(2) 被告の相殺が無効であるという原告の基本的立場は、つぎのとおりである。

差押後に第三債務者のなす相殺が、差押債権者に対抗できるためには、差押前に自働債権と受働債権とがともに弁済期にあるか、または両債権について期限の利益が失われていることを必要とし、たんに差押当時自働債権が存在していたとか、あるいは差押当時までに、それについて期限の利益が放棄されたら相殺ができたであろうという状態にあつただけでは、足りないということである。本件取引、約定、担保差入契約は、これによつて結局相殺の予約を約したものというべく、取引約定書、担保差入証を見れば自明なように、債務不履行その他違約の事実が発生した場合、その事実の発生によつて当然に相殺の効力が生ずる停止条件付相殺契約ではなく、右事実の発生により、被告に相殺権を与えることを内容とする相殺の予約であつて、かかる予約に基づく相殺の効力は、被告のなす予約完結権の行使によつて、相殺の意思表示(これにより自働債権の期限の利益のはく奪と受働債権の期限の利益の放棄が生じて、はじめて相殺適状となる。)をすることにより、はじめて生ずるのである。しかるに、被告が訴外会社に対し相殺の意思表示をなしたのは差押後であるから、相殺の効果は生ずることはない。」と述べた。<証拠関係省略>。

理由

一、訴外会社が昭和三三年七月四日現在において、左記甲表記載のとおり、昭和三二年度の法人税、同三三年度の源泉徴収所得税等合計金六五三、三五〇円及び延滞加算税、各法定納期の翌日から日歩三銭の割合による利子税並びに滞納処分費金九五円を滞納していたこと、訴外会社が昭和三三年六月三〇日現在で、被告に対し別記第二表記載のとおり、預金・積金合計金一、八四五、〇〇〇円の債権を有し、同日現在で被告が第一表記載の(1)ないし(4)の約束手形の権利者であつて、その債権(備考欄の点はしばらく置く)を有したこと、平戸税務署収税官吏が昭和三三年七月四日旧国税徴収法第一〇条第二三条の一第一項に基づき、訴外会社が被告に対して有する第二表記載の預金・積金(元金のみ)を差押え、即日その旨を第三債務者である被告に通知すると同時に被告に対し満期日にその支払いをなすよう通告し、同通告も即日被告に到達したこと、その後訴外会社が昭和三三年七月一七日金一二二、六九二円、昭和三四年三月二四日金一七、八九〇円の法人税本税を納付したので、訴外会社の滞納税額は、左記乙表のとおりとなつたこと、もつとも本税に対しては、法定納期の翌日から完納にいたるまで、日歩三銭の割合による法定の利子税が加算課税され、本税の一部が納付されたときは、納付の翌日から納付額を控除した本税残額を基準とし、金一、〇〇〇円未満の端数は切捨てて計算するので、本件における利子税の計算関係が左記丙表のとおりとなり、この外延滞加算税金二九、二〇〇円と前示滞納処分費金九五円合計金五四二、〇六三円(利子税を除く)の滞納税、滞納処分費の存したことは、いづれも当事者間に争いがない。

甲表

昭和

年度

税目

法定納期

本税     円

加算税

過少申告 円

計       円

三二

法人税

昭和

三二、五、三一

三八六、一四〇

一九、三〇〇

四〇五、四四〇

三三

源泉徴収所得税

三二、六、一〇

一九八、四一〇

四九、五〇〇

二四七、九一〇

合計

三八四、五五〇

六八、八〇〇

六五三、三三〇

乙表

昭和

年度

税目

法定納期

本税    円

加算税

過少申告 円

計     円

三二

法人税

昭和

三二、五、三一

二四五、五五八

一九、三〇〇

二六四、八五八

三三

源泉徴収所得税

三二、六、一〇

一九八、四一〇

四九、五〇〇

二四七、九一〇

合計

四四三、九六八

六八、八〇〇

五一二、七六八

丙表

税目

本税額

一部納付額

残額

利子税計算の

基準額

一部

納付日

利子税計算期間

始期

終期

昭和三二年度

法人税

三八六、一四〇

三八六、一四〇

三八六、〇〇〇

三二、

六、一

三三、

七、一七

一二二、六九二

二六三、四四八

二六三、〇〇〇

三三、

七、一七

三三、

七、一八

三四、

三、二四

一七、八九〇

二四五、五五八

二四五、〇〇〇

三四、

三、二四

三四、

三、二五

完納日

まで

三三年度源泉

徴収所得税

一九八、四一〇

一九八、四一〇

三二、

六、一一

右同

二、よつて被告の相殺の抗弁について判断する。

(一)  当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すれば、つぎの事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

すなわち、被告は訴外会社所在の長崎県北松浦郡鹿町町下歌ケ浦免で、古くから石炭の採掘販売を業としていた牧野茂穂と銀行取引契約を結んで、手形貸付け、手形割引き等による継続的取引を続けてきたところ、牧野は昭和三一年六月一五日訴外会社が設立して、同会社に事業を移譲した。しかし、訴外会社は牧野が唯一の代表取締であるのはもちろん、実質的にその全部を支配する個人会社であつて、経営の実体は牧野が個人で経営していた時と少しも変らず、同会社の営業は専ら牧野の信用を基礎として営まれたのであつた。このため、訴外会社設立の後も、被告は牧野個人との取引の形式で銀行取引を続け、手形融資、手形割引きなどは、牧野と訴外会社との共同振出し、あるいは牧野単独で、又は牧野と他の訴外会社重役との共同振出しにかかる約束手形を被告に交付して手形貸付けを受け、もしくは、訴外会社が牧野のために保証する意味で、拒絶証書作成義務免除の上、牧野に裏書譲渡し、牧野においても拒絶証書作成義務免除の上、被告に裏書譲渡するの方法をもつて行われてきた。すなわち第一表記載の

(1)  の約束手形は、関東火工株式会社が昭和三三年四月一日訴外会社を受取人とし、満期同年六月三〇日、(第一表の弁済期)振出地支払地とも佐世保市、支払場所被告銀行南支店として、振出し訴外会社に交付し、訴外会社は牧野の被告に対する債務を担保保証する趣旨で拒絶証書作成義務免除の上、これを牧野に裏書譲渡し、牧野は昭和三三年四月一九日(第一表の貸付日)拒絶証書作成義務免除の上被告に裏書譲渡し、割引きを得、被告が満期に支払場所たる被告銀行に呈示したが、支払いを拒絶されたこと。

(2)  の約束手形は、黒石良市が同年四月一五日訴外会社を受取人とし、満期同年七月一五日(第一表の弁済期)、振出地支払地とも北松浦郡江迎町支払場所被告銀行江迎支店として振出し、訴外会社に交付し、同手形は右(1)の手形と全く同様に訴外会社から牧野を経て同年五月一日(第一表貸付日の翌日)被告に裏書譲渡され、牧野において割引きを得。

(3)  の約束手形は、牧野が昭和三三年七月三日((3)の手形は第一表の貸付日、四月一九日とある手形の書換え手形である。)、被告を受取人とし、満期同年七月一五日(第一表の弁済期)振出地支払地とも鹿町町、支払場所被告銀行鹿町支店として振出し被告に交付して、貸付けを受けたものであり、

(4)  の約束手形は、牧野と訴外会社の取締役木下寿、監査役永瀬憲次の三名が、昭和三三年六月二五日(この手形は第一表の貸付日同年二月一五日とある手形の書換え手形である。)

被告を受取人とし、満期同年七月三一日(第一表の弁済期)、振出地、支払地、支払場所とも右(3)の手形と同一として共同振出し、被告に交付して、貸付けを受けたものであること。

(二)  牧野と被告との銀行取引については、つぎの約定がなされている。すなわち、

(1) 牧野又は牧野が裏書した手形の振出人、裏書人が被告に対する債務の一部でも履行しないとき、あるいは手形が不渡りとなつたときは、牧野の被告に対するすべての債務は、同時に期限到来したものとみなし、被告はなんらの通知をしないで担保品を処分し、債務の弁済に充当することができる。そして担保品の処分は法定の手続によらずして、その順序にかかわりなく被告が任意適当と認める方法(手形を交付しないで相殺しうることを含む)により処分充当し得べく、牧野が振出し、引受け、保証もしくは裏書した手形で被告の取得したものが、不渡りとなつたときは、満期以後日歩六銭の割合による遅延利息を支払い、またその手形並びに裏書の効力、償還請求の通知、その他権利保全手続の有無を問わず、手形金額相当の金員を、牧野は被告に支払うこととの約定があり、この約定があり、この約定は、昭和三五年四月一八日全国銀行協会約定書試案、同三七年八月六日同協会公表の約定書ひな型の各内容と、各その作成の経過、伊島正二の第一回証言によれば、乙第一、二号証の成立前から、銀行と取引先との間においては、一般の慣行となつていたこと。

(2)  第二表記載(1)の一〇万円の預金は、昭和三二年一二月九日に、同(2)の六一三、〇〇〇円の預金は、昭和三三年三月一〇日に、同(3)の三〇万円の預金は昭和三三年五月二九日に、同(4)の積金は、それが五〇万円であつた当時昭和三二年六月一〇日に、同(5)の積金は、それが五〇万円であつた当時昭和三二年一〇月三一日に、同(6)の積金は、それが五〇万円であつた当時昭和三一年八月二日に、牧野自身がその代表取締役として一切を支配する訴外会社において右(1)の約定存することを知悉した上、牧野が被告に対し、現在及び将来負担する一切の債務の据置担保として、右(二)(1)の約定を承認の上被告に差入れ、牧野が債務不履行等の場合には、右(1)の約定どおり処置されることを同意したこと、第二表記載の(7)の積金は(1)ないし(6)の預金・積金のように担保に供されたことがないこと(これに反する<証拠>は採用しない。)。

右の各事実が認められる。

(三)(1)  ところで被告は、昭和三三年七月四日の差押前に、第二表記載の預金・積金は、第一表の債権を自働債権とする相殺によつて消滅したと抗弁するが、<証拠>を総合すれば、被告は昭和三三年七月四日本件差押のなされる直前第二表記載の預金・積金を受働債権とし、前認定の第一表記載の債権を自働債権として、対当額について相殺したとして、被告銀行内部処理として右預金・積金は相殺によつて一切消滅し、零となつた旨帳簿の記載を済ませたことが認められるが、差押前に訴外会社に対し相殺の意思表示をなしたとの主張に副う(証拠)は前記(証拠)と対照し信用できず、他に証拠はないので、本件差押え前に相殺の意思表示がなされ、相殺の効果を生じたという被告の抗弁は理由がない。

思うに、前示(二)に認定した事実によると、被告は特約により、相殺の意思表示をしないので、任意相殺しうるかのようであるが、客観的に明瞭な特定の事実が発生した場合に、特定の債権を自働債権とし、特定の受働債権に向かつて、相殺の意思表示を要しないで、相殺の効力を生じさせる趣旨の停止条件付相殺の契約、又は特定の債権と特定の債務との相殺について、相手方に対する相殺の意思表示を要しないという契約は不当に第三者の権利を害するおそれもないし、取引上の債権債務の明確性にも反しないので有効であるが、本件においては、右のような契約のなされたことは認められないので、差押前に相殺の効果が生じたという被告の抗弁は採用に値しない。

(2)  昭和三三年七月一五日原告に対してなした相殺によつて、第二表記載の預金・積金はすべて消滅したと主張するが、この主張を裏付ける証拠としては、前示伊島正二の証言と乙第六号証(前示甲第一〇号証)のみであるところ、右証言は採用しがたく、又乙第六号証には、被告が第三債務者として差押えを受けた第二表の預金・積金は、前示約定、担保差入契約に基づき、被告の貸付金と相殺した旨記載してあるだけで、貸付金の内容に関してはなんら触れていないことが明らかである。相殺の意思表示として有効なためには、少くとも自働債権と受働債権とを特定し、もしくは特定しうる程度に明らかに表示することが必要であるから、自働債権として貸付金というだけで、その内容の明示を欠く乙第六号(証甲第一〇号証)による相殺の意思表示によつては、相殺の効果を生じないといわなければならない。

(四)  よつて、被告のなす裁判上の相殺について判断する。

(1)  第一表記載の(1)の前示二の(一)の(1)において認定した約束手形はそこで認定したとおり、同手形の満期に支払場所で呈示されたが、支払いを拒絶されたので、被告は差押前の昭和三三年六月三〇日、牧野及び訴外会社に対し支払い拒絶による手形金額相当(正確には同金額及びこれに対する同日以降日歩六銭の割合による遅延利息)の償還請求権を取得するとともに、前記二の(一)の(2)(3)(4)において順次認定した、第一表記載の(2)(3)(4)の手形は、前記二の(二)において認定したとおり、被告は即日弁済期到来したものとみなし、同(1)(2)の手形債権及び(3)(4)の手形債権もしくは貸金債権を自働債権として、第二表預金・積金(ただし(7)はしばらく置く)を受働債権として相殺し得るにいたつたというべきである(右六月三〇日当時に弁済期の到来していない第二表記載の(2)ないし(7)の預金・積金の債務者である被告は、期限の利益を放棄し得ることは、いうまでもない。)

(2)  ところで右の場合被告が相殺をなしうるや否やという相殺の適状等に関連して、被告の相殺抗弁の正当性の存否につき、原被告の法律上の見解に著しい相違があるので、ここに当裁判所の見解を明らかにして置く必要がある。国が旧国税徴収法第一〇条第二三条の一の規定により、国税の滞納処分として滞納者(債務者、本件では訴外会社がこれに当る)が第三債務者(本件では被告がこれに当る)に対して有する金銭債権を差押え、差押えの効力が生じた場合は、国は滞納者に代つて被差押え債権の取立権を取得し、同債権について滞納者が有した一切の取立ての権利を行使し得るので、第三債務者は旧国税徴収法第三条民法第五一一条等の制限の下で、滞納者に対して有する抗弁をもつて、国に対抗し得るものというべきである。

(イ) 原告は乙第四、五号証、第八号証ないし第一一号証の担保差入証によつて表示される第二表記載の(1)ないし(6)の預金・積金を目的とする担保契約は債権質設定契約で、本件国税の納期限より一年前に設定されたものでないから、被告は質権をもつて原告に対抗できないことは、旧国税徴収法第三条の規定に照らし明らかである以上相殺をなし得ないと主張する。前示乙号各証によればなるほど原告の指摘するとおり、被告は担保契約において担保提供者たる訴外会社から預金証書積金通帳の交付を受け、かつ、乙第五号証を除く他の五通の担保差入証に確定日付を徴していることが明らかであるが、右を念頭において記録に現われたすべての証拠を総合しても、右担保契約を質権設定契約であると認めなければならないものではなく、果して債権質の設定であるとすれば、取引について、その安全と確実を旨とする銀行業を営む被告としては、前記乙号各証の担保差入証に質権の設定であることを端的に表現する文言を使用する筈であるのに、かかる文言は全く見当らないし、右各担保差入証の用紙は、被告が業務上使用するために印刷したひな型用紙であつて、これと同一ないし類似のひな型の用紙を使用して、質権設定でない担保契約が、銀行と取引先との間に往々取結ばれることがあるという周知の事実並びに銀行が預金・積金を見返り担保として、貸出すことは通常の事例であるという一般公知の事実を参酌し、前示乙各号証、乙第二、三号証を検討すれば、「右担保契約は、債権質の設定ではなく、債務不履行等の事実があつて必要の場合相殺をなしうる体勢を整え、また他に債権質を設定することを防止するなど被告の牧野に対する債権の回収を確保するための一方法として、訴外会社の被告に対する預金・積金債権を見返り担保に提供させ、預金・積金の証書通帳の交付を受けて確定日付を徴したものであつて、先に二の(二)において認定した事実と合わせ考えると、被告に相殺権を与える相殺の予約を主眼とするものと認めるのが相当である」。国税が一般債権に優越するということ(旧国税徴収法第二条第三条)は、右認定解釈を妨げるものではない。これに反する原告の主張は採用しがたい。

(ロ) つぎに原告は前示事実摘示四の(二)の(1)及び(2)並びに原判決六枚目表初行以下裏初行に記載のとおり主張し、本件被告の相殺の効果を争うので判断する。

A 右四の(二)の(1)について。

差押え前に自働債権の弁済期が到来しているかぎり、たとえ受働債権は弁済期に達していないとしても、特別の事情のないかぎり、第三債務者は受働債権を即時弁済し得る権利を有するので、差押え前に期限の利益を放棄した事実の存否にかかわりなく、第三債務者は差押え後において自働債権をもつて受働債権と対当額につき相殺をなしうるのである。しかして、本件においては、右の相殺を妨ぐべき特別の事情は存しない。

B 同四の(二)の(2)について。

差押え前に自働債権及び受働債権の双方が弁済期に達している場合、又は両債権について期限の利益が失われて、結局差押え前に弁済期にある場合、相殺をなし得ることは、原告主張のとおりであるが、右の場合にかぎつて相殺をなしうると解するのは正当でない。本件担保契約は相殺の予約を主眼とするものであるが、第二表記載の債権は一連不可分的に、被告の牧野に対する債権の担保たるものであり、この担保があればこそ、被告は牧野に対し、手形割引き手形貸付けの方法によつて金融を得させたもので、この担保と融資とは表裏一体の関係にあるもので、かかる担保を実効あらしめ、融資債権の回収を確保する方法として、相殺の予約が締結されたものであることは、前に認定したところから容易に推認されるのである。従つて、前認定の債務不履行(手形の支払い拒絶を含む)の事実が発生すれば、被告は相殺をなし得る権利を取得し、差押え前においてはもち論、差押え後においても、すでに取得したこの相殺権を行使し得るものというべきである。これに反する原告の主張は採用しない。

C AB等に判示する以外の原告の主張について。

原告は国税滞納処分により滞納者の第三債務者に対する債権を差押えた場合、第三債務者が滞納者に対して有する反対債権をもつて、国に対し相殺をもつて対抗し得るためには、相殺制度の本質、滞納処分による差押えの法的効力、民法第五一一条の趣旨等を総合して結論することを要するところ、かくて、右の相殺をなしうるには、差押当時すでに相殺適状にあることを要し、反対債権の履行期が到来していない場合には、相殺をなし得ないと主張する。

しかし本件においては第一表記載(1)の反対債権、差押え前すでに弁済期到来し、その余の反対債権も特約によつて弁済期到来したものとみなし得る場合で、換言すれば、弁済期に達しているものというに妨げないことは、先に認定したとおりである。所論はその前提を欠くので、採用に値しない。

(五)  よつて、第一表記載の債権を自働債権とし第二表記載の預金・積金を受働債権とする相殺によつて受働債権の消滅いかんを考える。

(イ)  先に二の(一)の(1)において認定した第一表記載の(1)の約束手形が昭和三三年六月三〇日支払拒絶となると同時に、被告は被告に対する裏書人たる牧野及びその前裏書人たる訴外会社に対し、手形金額四〇万円の償還請求権を取得し、被告はこれを自働債権とし、第二表記載の受働債権中、すでに弁済期の到来している(1)の一〇万円の預金債権と相殺し得べきであるから、相殺により右一〇万円の預金債権は消滅し、自働債権である金四〇万円が残存する。

(ロ)  前示二の(一)の(2)に認定した第一表記載の(2)の金額二〇万円の約束手形については、昭和三三年六月三〇日第一表記載の(1)の約束手形が不渡りとなるとともに、被告は牧野に対し買戻請求権を取得し(かかる場合買戻請求権が発生することは、前認定の約定をまつまでもなく、銀行取引における商慣習であることは、当裁判所に顕著な事実である。)

(ハ)  同二の(一)の(3)及び(4)に認定した第一表記載の(3)(4)の約束手形については、第一表記載の(1)の約束手形が不渡りとなるとともに、昭和三三年六月三〇日被告は牧野に対し、この(3)と(4)の約束手形によつて貸付けた金一〇〇万円(戻利息を控除した金九九八、二四〇円)と三〇万円(戻利息を控除した金二九七、八九四円)の弁済請求権を取得するので、被告はこの貸金一、二九六、一三四円及び右(イ)の残存金四〇万円と(ロ)の金二〇万円を自働債権とし、第二表記載の(2)ないし(7)の預金・積金の各元本債権を受働債権とし、任意に相殺しうるものというべく(ただし、担保の目的となつていない同表記載の(7)の金一八二、〇〇〇円の積金は、前示(イ)の訴外会社に対する金四〇万円の償還請求権と相殺され、その残額は金二一八、〇〇〇円となる。)、この相殺によつて、第二表記載の預金・積金の元本は、すべて消滅し、第一表記載の(4)の貸金の中金一五一、一三四円の元本が残存することとなる。

四  以上見たとおり、原判決は一部不当であり、被告の控訴は理由があるが、原告の控訴は理由がないので、民訴第三八六条第三八四条第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長判事池畑祐治 判事秦亘 佐藤秀)

第一表・第二表<省略>

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